ラヴェンナ
ヴェネツィアと同じくアドリア海に臨むラヴェンナは400年代は西ローマ帝国の
首都となったが、その後東ローマ帝国の支配下に置かれビザンチン文化
(特にモザイク)を今に伝えている。
 
ガッラ・プラチディアの廟
 5世紀半ばの建立で、今も輝きが衰えないモザイクが見ものである

廟内は一面のモザイクがまぶしい

天井のモザイク

廟の外観、十字型をしており、
内部のきらびやかさとは別に
外観は質素である。


サンヴィターレ教会
 6世紀半ばに完成、金色のモザイクは今も燦然と輝いている。

柱や壁の大理石はふたつに割って
並べ対称にしている

教会の外観、八角形をしている
 
ポポロ広場
市庁舎の前には
ラヴェンナの守護聖人の
円柱が2本立っている。
 
ダンテの墓
 生誕地フィレンツェを追われたダンテはラヴェンナで生涯を閉じた。
 フィレンツェが遺骨の返還を求めたのに対しラヴェンナは応じていないという。

墓の外観

ダンテの浮き彫り

ピサ
ガリレオ・ガレリイが住んでいたピサは中世の海洋国家であった。
海の近くで地盤が弱く斜塔もそれが原因だ。

ガリレオが落体の法則を実験した
ピサの斜塔、今でも年に1ミリずつ
傾いているという

斜塔の基礎部分
かなり傾いているのがよくわかる
何年か前に傾きを修復したが
観光のため、完全には修復しなかった
というのがおもしろい

ドゥオモ(大聖堂)
他の都市と同じく上から見ると
十字架の形をしている。

ガリレオが振り子の等時性を発見
したというランプ

海洋国家らしく内部のアーチには
アラブ風の装飾も見られる。

豪華な説教壇

洗礼堂
これも少し傾いているという。

洗礼堂はドームが二重で
音響のよさで有名。
係員のひとり三重唱のデモ
エコーがよく効いて心地よい